俺は今事務所のデスクに座って手紙を書いている。
佐伯ハート&マインド研究所の礼子の宿題で、元妻の珠代に手紙を書いているのだ。
宿題とは、珠代が俺にした事で俺がいまだに根に持っている事を、あたかも自分が珠代にしたかのように謝罪する、というものだ。
心理学的には、自分がされたことと自分がしたことにはあまり違いがないのだそうで、珠代を心から許し相手を恨みつらみの檻から開放することで、俺自身も自由になれるからなのだそうだ。
効果のほどは予想の外だが、まずはやってみることにした。
「ふー」
とはいえこの宿題はなかなかしんどい。さっきから俺は何度も休憩していた。
いつもならここで一服するところだが、礼子との約束で、俺は今禁煙にチャレンジしている。
禁煙期間は既に自己ベストを更新中なのだが、礼子の言っていた通り、禁煙の苦しさをほとんど感じないから不思議だ。
俺はデスクの書類箱から、数週間前にお袋から届いた手紙を取り上げた。
昔風の封筒の中には、数枚の手紙と古びた写真が入っている。
手紙には、蒸発した父親がひょっこり見つかったと書かれていた。残念ながら既に亡くなっていたそうだ。
身元引受人の話では、同封してあった写真を最後まで後生大事に持っていたそうで、見つかった時には写真を握ったまま、まるで眠っているような死に顔だったそうだ。
写真は、俺がちょうど5歳の誕生日の時家族全員で撮ったものだ。
俺は写真から目をはずし、部屋の天井の一角をぼーっと眺めた。
...礼子のおかげで、あれほど悩まされていた例の夢もそれっきり二度と見ることはなかった。
倫子の死を癒し、珠代とのわだかまりも癒しつつあった。
そして突然蒸発した父親の消息も、不思議な縁で知ることができた。
「...大変革、だったな。」
俺は再び礼子の宿題に取り掛かりながら、そういえば今年は倫子の五回忌だったことを思い出した。