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それぞれの禁煙エレジー

探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常
TOP探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常

花やしき

花やしき

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

「山本さん...」
事務所でうたた寝していた俺は、本名を呼ばれてビックリして目を覚ました。
目の前には...大家!?溜まっていた家賃は、この間のヤバいヤマの報酬で全部きれいになってるはず...

「いえね、うちの子、この間山本さんと行った映画がすごく楽しかったらしくて、ぜひまた連れてってくれっていうんですよ...」
見ると、大家はもみ手している。

断っても良かったのだが、大家が日当をはずむことを条件に、この依頼を受けることにした。
こんなロクデナシによく子供を預ける気になるもんだと正直あきれたが、依頼として受けた以上は全力でやり遂げるのが俺のプロ魂だし信条だ。
いつでも全力を出せることこそが、実はアマチュアとの埋まらない差なのだ。

「また会ったな、山本!」
って呼んどいて相変わらず呼び捨てかい。せめてハリーさんか山本さんて呼べよ!

「じゃあ、山本さん、よろしくお願いします。」
子供を俺に預けた大家は、かいがいしく部屋を出て行った。

部屋に俺と子供の二人が取り残されたところで、早速子供が切り出した。
「じゃあさっそくいこうか!」
ってどこですか?

「花やしき。相変わらず役立たずだね。」
なんか調子狂うな...しかも同じような展開...うーむ。

「花やしき」...浅草にある日本最古の遊園地。
たしか今にも壊れそうな年代物のジェットコースターがあって、そのいつ壊れるか分からない、ちょっと違ったスリルを味わえるとかで今も人気のスポットだ。

浅草には何度も行っているが、花やしきは正直初めてだ。

浅草駅から花やしきまでは歩いて5分程度。途中に出店が出ているので、たこ焼きと、俺はビールを買った。
小春日和で風もなく、久しぶりの日光に、軽くアルコールもはいって、俺はいつもよリ少しだけハイになっていた。

「山本、一緒に写真とろう!」
誰かにシャッター切ってもらおうときょろきょろしていると、向こうからなにやら怪しげな一団が...
おそらく花やしきの芸人なのだろう、忍者姿の彼らは、「おぬし、何者。名を名のれぃ!」と通行人に声をかけている。
俺も話しかけられたのをきっかけにシャッターを切ってもらった。

「大人1、小学生1」
券売所のお姉さんは、俺と子供の服装のアンバランス加減に、くすくす笑いながら、最近では珍しい硬券を渡してくれた。
俺はボロボロのトレンチでボサボサ頭、子供のほうはというと、いわゆる「いいとこのぼっちゃん」みたいないでたちだ。
まぁ、誘拐犯には見えていないのだろう。

大家の子供は、レトロ調の遊園地が珍しいのか、妙にはしゃいでいて、錆びかけたタクシー型の乗り物や、ただくるくる回転するだけの遠心分離機のような乗り物に喜んで乗っていた。

唯一入るのを嫌がったのはお化け屋敷で、どうも昔風の妖怪が怖いらしい。可愛げがないではないか。

「お化け屋敷、怖いのかい?」
「うん。でも山本は怖くないよ。」
お化け屋敷と同列に語られることに違和感を感じたが、子供なりの気の使い方に、悪い気はしなかった。

さんざん乗り物に乗ったあと、そろそろ暗くなってきたので、俺はそわそわしてきていた。
大家の子供はそれを感じ取ったのか、俺の手をひっぱって、ある乗り物を指差して言った。

「あれ、乗ろう!いっしょに!」

おそらく最後の楽しみに取っておいたのだろう、例のジェットコースターだ。

正式名「ローラーコースター」、1輌4人4輌の16人乗りで、全長230mのコースを、最大42km/h、1分30秒で駆け抜ける、日本最古、しかも現役のジェットコースターだ。
1953年だから、俺よりもすっと年上ってことになる。

かなり待ったものの、幸運にも、俺たちは一番前の席に乗ることができた。

カッ、カッ、カッ、カッ...

ジェットコースターが巻き上げられ、徐々に上へ上へと引き上げられていく。
年代物のこれは、いきなり急発進したり、あらぬ方向に走り出したりしない。あくまでオーソドックス、正統派だ。俺は、この恐怖と興奮が徐々に高まる感じが好きだ。

高さのピークを迎えたジェットコースターは、一瞬停止するかと思えた後、ゆるやかにコースを滑り出した。
時速42km/hであれば、車に乗っているスピードだが、風を切って、しかも壁面すれすれを疾走するジェットコースターはそれよりずっと早く感じる。
しかも年代物なので、上下左右に振れるときの金属が軋む音がスリルに拍車をかける...

コース後半の、民家の中を抜けていくところは、正直笑った。噂には聞いていたがこういうことだったとは...一本やられた感じだ。

帰りの電車で、大家の子供はよほど楽しかったのか、座ったとたん横であっという間に寝息をたてた。
俺は花やしきのショップで買った、「ローラーコースター」型の灰皿やらお土産を確認しながら、数年前の、あの忘れられない出来事を思い出していた。

「生きていたらもうこいつくらいになってるんだな、倫子も。」

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

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