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それぞれの禁煙エレジー

探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常
TOP探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常

事務所にて(2)

事務所にて(2)

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

人には素晴らしい能力が備わっていると俺は思う。それは、「忘れる」ことだ。
どんなにつらい体験や悲しい体験も、時間と共にその時の痛みは薄まっていき、いつか「良い思いで」「昔の通り過ぎた出来事」になるのだ。
もし「忘れる」ことができなかったら、人はその「痛み」のために長くは生きていけないだろう。

タバコを模して作った「それ」が、紙の燃えるにおいとインク臭を部屋中に撒き散らしたあと、俺は事務所のチェアーで、ぐったりと動けないでいた。

「人生、こういうこともあるさ」
俺はたった今の失敗感と後悔に決別すべく、一人つぶやき、少し反動をつけて上体を起こした。

と、目の前に飛び込んできた灰皿とその上にうず高く積まれた吸い殻を見て、またしてもおかしなアイデアが浮かんだ。

俺はタバコを模して作った「それ」を横目で見ながらこの考えに警戒した。しかしまるで魔法にかかったように、そのアイデアを試したいという欲求が俺の中で高まっていく。

「どうかしてる...」
そうつぶやきながら、俺は灰皿の吸い殻の中から、比較的コンディションのいいモノを何本か選び出した。
巻紙、フィルター、そしてたばこ葉に一本ずつ分解していく。

「小学校でやった解剖の実験のようだな。」
普段何気なく口にくわえているモノがどうなっているのか、巻紙やフィルターに書かれているマークや刻印の様子などをゆっくりと眺めながら、俺はしばし研究者の気分を味わった。

一通り終わったところで、さっき割いた新聞の切れ端を手に取った。そう、あの15cm幅の切れ端だ。
たばこ葉を均等に並べ、海苔巻きの要領で巻いていく。最後に吸い口側をはさみで切りそろえて完成だ。

俺は、さっきより若干太く、そして切った分短くなったものの、その出来栄えに満足していた。
しばし眺めた後、使い慣れたZippoのライターを手に取って、そして火をつけた。

今思えば、さっきの失敗を自分の中で挽回しかったのかもしれない。
しかし、ギャンブルなど、ものには引き際が肝心だ。負けを挽回しようと金をつぎ込んで、全てを失った奴を何人も知っている。

またしても俺は事務所のチェアーにくったりとうずくまっていた。熱病のようなあの「考え」は既に無くなって、かわりに猛烈な失敗感と後悔の狭間で、己のおろかさを呪っていた。

「いい暇つぶしに、なった...」
「負け惜しみ」という言葉が頭の中にリフレィンする中、俺はよろよろと立ち上がり、事務所を出た。

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

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