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それぞれの禁煙エレジー

探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常
TOP探偵ハリーの半分ハードボイルドな日常

毒ガス

毒ガス

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

探偵というのは、職業柄なんでも器用にこなす。変装したり潜入したりするのに、その道のコツみたいなものをつかんでそれっぽく見せるためだ。
それに、俺のような社長兼社員のような零細事務所は、何でも自分でする必要がある。
器用だから探偵になるのではなく、必要に迫られて器用になるのだ。

例えば料理。この仕事を始めるまではレンジでチンくらいしかできなかったが、今では冷蔵庫の余った食材で、何でも作れるようになった。
人は鍛錬すれば何でもできるようになるのだ。

料理といえば、俺は最近カレーに凝っている。
カレーというのは、どこでもそうだと思うが、無限の可能性というか組み合わせがある。家庭用の固形ルーを使うにしてもそれぞれの家の独自の味がある。
複数のメーカーのルーを混ぜ合わせたり、チーズのトッピングや、牛乳を混ぜる、とろみをつけるために片栗粉を溶かして混ぜたりとさまざまな工夫があるのだ。

俺のこだわりは、たまねぎ、だ。最近の固形ルーはコクを売りにしているものもあるが、細かく刻んだたまねぎを色が良くつくまでなべでゆっくりと熱したものを加えると、味の深みがまるで違う。
あとはローリエの葉を加えたり、型崩れしやすいジャガイモなどの素材を、一緒に煮込まず最後に加えるようにしている。ローリエは肉の臭みを消すし、ジャガイモを別にするのは、ルーが水っぽくならないからだ。
何より、余っても一日一回火を通せば日持ちがするし、日が開くときは冷凍すれば保存が効く。解凍してもあまり味が落ちない。便利な保存食だ。

急な依頼で1週間ほど家を空けた俺は、依頼に対する達成感と軽くアルコールが入って機嫌よく部屋に戻ってきた。
しかし、鍵を開けて中に入ろうとした瞬間、全身の細胞が全力で警戒信号を発した。
脳がスパークしたように全身に緊張が走る。何か普段と違う...異臭!?毒ガスか!

俺はスパイ映画さながらに、とっさにハンカチで口元を押さえた。
こういうときは、機敏さが要求されるものの、いきなり動いてはいけない。闇雲に動くのは危険だ。
全身に緊張が走る。全身の細胞が不意の攻撃に備えて収縮する。五感を研ぎ澄ませ全力で状況を把握しようとした。

異変に気付いてから30秒あまり。意識ははっきりしているので即効性のある毒ではないようだ。
恐る恐るハンカチの隙間からほんの少し臭いを確認してみる。

...なにかの腐敗臭か?しかしこれほどの悪臭となると、仮に生き物であったなら相当のサイズのものであろう。ねずみクラスのサイズではない。

俺は、壁やドアのノブなどに不用意に触れないように気をつけながら、部屋の中へ足を運んだ。
目がしみるくらいの悪臭!なんだこれは?俺は頭がくらくらした。

その悪臭は、どうやらキッチンのほうからしているらしい。俺はハンカチで口を押えたまま注意深く足を運んだ。

そしてそこにあったモノは、予想していたサイズより小さかったが、確かに腐敗していた。

そこには、白と深緑がまだらに散りばめられた、数日前まではカレールーと呼ばれた物体がなべの中に存在していた。

「もったいないことをした。」
俺は、なぜそうしたのかわからないが、成仏してくれとばかりに、その物体に向けて手を合わせていた。

俺の名はハリー。探偵。ハードボイルドが似合う男...

追伸。なべだけでも何とか使えないかとがんばってはみたが無理だったのでなべごと捨てた。

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