気が付くと俺はベッドに寝ていた。
硬いが、清潔そうなシーツ。消毒薬の匂い、そして腕には何か刺してあって、近くにある点滴用の液袋につながっている。
...あぁ、病院のベッドで寝ているのだ。
状況を把握するまでにしばらくかかったものの、俺はアルカンシェルで飲んでいたところまでの記憶をたぐり寄せた。
「危ないところでした。」
担当の救急医は、厳しい顔でそっけなく言った。あと少し遅れたら急逝アルコール中毒であっちの世界に逝くところだったらしい。
ふと、救急医の横を見ると、付き添いなのか女性がこちらをじっと見つめている。
どこかで会った気がするのだが、思い出せない。30歳後半くらいだろうか。いったいどこで会ったのだろうか?
救急医が行ってしまうと、その女性はベッド脇の丸椅子に腰掛け、少し話しても大丈夫かと尋ねた。
俺がうなずくと、その女性は切れ長の目でじっと俺の目を見つめた。
その澄んだ深く黒い瞳に見つめられると、まるで心の奥底まで見透かされるようだ。しかし威圧感は、ない。居心地も正直悪くなかった。
「危ないところでした。」
目の前の女性は、さっきの救急医と同じ事を言った。
「バーであなたを見た時、なんとなく危険な感じがして友達と話していたんです。そしたら急に倒れたんで正直ビックリしました。」
思い出した。アルカンシェルにいた二人組の女性だ。俺に気があるのかと思った。
「一緒にいた友達はもう帰りました。あなたは、その、これは私の勘なのですが、何か重大な悩みがありますね。それも緊急性があるような...」
俺は警戒した。いったい俺の何を知っているんだ?
「驚かせてしまってごめんなさい。私、心理カウンセラーをやっています。」
俺の様子を見て取ってか、名刺を渡してくれた。
心理カウンセラー...仕事柄いろんな人に会ってきたが、この職業は正直初めてだ。
「心のカウンセリングをやっています。うつ病や精神病まで行かないまでも、心に悩みを持った人はとても多いんです。こういう人は実際誰にも相談できずに苦しんでいます。心理カウンセラーは、こういった人たちの心の相談役だと思ってください。」
俺は、胡散臭いという気持ちと、信じてもいいかもしれない、という気持ちの間で揺れていた。
「バーであなたを見かけた時、なんとなく心が弱っているのが見て取れました。職業柄、見れば大抵わかります。もし、お気持ちがあるのでしたら、名刺の所に電話してください。」
俺は一人残されたベッドで例の女性が残していった名刺を取り上げた。
佐伯 礼子、心理カウンセラー、佐伯ハート&マインド研究所 所長。
...俺はこの八方塞がりの状況の中で、これがどんな意味を持つのか考えていた。


